2005年10月の日記

 

京都へ「のぞみ」で日帰り

 
取材で「京都へまた行ける」という嬉しいことになり、朝6時に家を出る。新幹線はちょっとした朝のラッシュだ。7時前後の「のぞみ」の本数の多いこと。

乗り込むと車両にいる人の95%はビジネススーツの男性。私は半年に一度くらい日帰り関西をしている気がするけれど、いつもこの光景には「ああ男社会だ」と思わずにはいられない。でも、みんな「あー。やんなっちまうよ。まったく朝早くから」って顔をして乗っている。出張費使うような立場の人は男が多いけれど、男も楽しくしているわけではないらしい。

夏の炎天下に歩き回った京都にまた行けるのが、うれしい。実は、病院の取材で一日終わるので町を歩く時間はまったくない。でも、やっばりなんとなくうれしい。でもやっぱり、一日ビビーッと病院の中で過ごす。REBORN産院リストにも載っている足立病院の不妊治療センターの取材です。

卵管造影検査のカテーテルなどを参考物件としていただいた。私はどうしても感覚人間なので、こういうものでイマジネーションを駆使し検査を理解したいと思う。

帰り道、カメラマンさんが関西の方で車だったので、駅までつかのまの京都ドライブをする。「あっ、先斗町」「あっ、国立博物館」「茶碗坂だ〜」と夏に回ったところを通って頂けて車窓に感動する。あの暑かった町に秋風が吹いている、ただそれだけで何だかうれしい。

午後7時過ぎ。帰りの「のぞみ」も「ここ、男性専用車両か?」と思うほどの男性ビジネスマン率。しかし、帰りはみんなビール飲んで、同僚と一緒になっている人もあり、ちょっと一杯飲み屋のムード。

新幹線では、私には読みたい本があって、楽しみにしていた。行きは準備で読めなかったのだ、帰りは、と思っていたのに、となりのふたりがさかんに談笑してうるさかった。ああ、私の世にも貴重な、ひとりになれる2時間が‥‥。

でも私も、ビジネスマンの妻なのでなんとなく許してしまう。東京に着くと、自宅の最寄り駅につくのが夫と同じくらいになりそう。待ち合わせると、夫も「のぞみ」にいたおじさんたちのように「あ〜、疲れたよう」とヨレヨレ帰ってきた。駅前のマック(遅くてここしかあいてない)で10分のディナータイム。

家に帰ると、下の子が必死に目をあけて私の帰りを待っている。「今日の朝は、私がおかあさんをした」という。「ママが作ってあったお味噌汁をよそって、ご飯もよそって並べた」そして兄と姉を起こしたそうである。明日は上のふたりをいじめてやらな、と思いながら就寝。<>2005/10/20


 

ある少年が受けたヨーガ教育

 
インドから日本を訪問中のバーバさんというヨガの先生にお話を聞く機会がありました。42歳ということですがまだ30代で通りそうな、とても若々しい男性です。

お父さんがヨーガの先生だったバーバさんが瞑想の練習を始めた時、彼はわずか5歳だったそうです。インドには108の玉をつないだお数珠がありますが、神様の名前を一回唱えてはこれをひとつずらす「ジャパ」が最初に命じられた練習でした。

途中で根気が切れますが、お父さんの指導はとても厳しかったそうです。インドでもこんなことをさせられる家庭は多くなく、「僕のお父さんはアタマがおかしい」と思いながらも毎日、毎日ジャパを続けたバーバ少年。やが一年が経過するころ、苦しさはなくなり、習慣として身に付いたそうです。

瞑想の坐り方をするようになったのは、十代になってから。インドにはたくさん神様がいますが「どの神様が好きか」とお父さんに聞かれました。その神様の肖像を見つめ、そして目を閉じ、眉間あるいは心臓のチャクラがある位置で描き出すという練習が始まったのです。

クリシュナを選ぶと、お父さんは「では、お前をこの世に送ってきたのはクリシュナである。クリシュナは、おまえが人の役に立つように願ってここに送ってきた」と言い、「クリシュナからこんなに遠く離れてしまったことを悲しく思って泣きなさい」と命じました。そして本当に涙を流さなければならず、涙が乾くと「ピシ!」と痛いのが飛んできました。バーバ少年はそんな父親が怖くて泣いていました。

バーバさんが、こんな厳しいお父さんのヨーガ教育に感謝するようになったのはずっと大きくなってから。回りに較べて集中力、記憶力が高かったので、学業がとても楽だったし、スポーツをしてもすぐに世界大会へ出場するほど早く上達しました。

しかし、しかしヨーガでは、優れることは、ほんの土台作りに過ぎない。ここからが考えたい部分です。彼が、クリシュナを思って泣け、と言われたのは何だったのか?日本人は、ここからの部分を「ヨーガのあやしい部分」といって警戒し、だから神様のカの字もないヨガ教室でないと流行らない訳ですが、ここからがヨーガの醍醐味に入るのだと思います。

彼の言葉では「自分を捧げる気持ち」をたたきこまれたということです。「アインシュタインはものすごい集中力を持っていた。でも、ピュアな集中力とは神様への集中力。クリシュナは私をピュアな状態でここに送ってくれたのだから、私はピュアでいなければ彼のもとには帰れない」インド人でなければインドの神様を思うことは難しいが、どんな神様でもいいし、日本人なら富士山のような自然でもいいということです。

ヨーガはあの世に帰っていくときのことを目的としているところがあり、とすると、バーバさんは5歳の時から死の準備をしてきた、ということになります。

この日はインドのヨーガに触れることができた大変興奮する経験でした。もっともっと大変なスケールのお話があっていつかじっくりと書きたいけれど、今の私にはまだまだ。ヨーガは、追えば追うほど深遠な顔を見せ、届かなくなります。<>2005/10/13

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