2007年9月の日記

 

二学期始まり

 
娘がちょっと成長して無事に帰国し、私も9月の原稿ラッシュの中に身を置いています。やっと入稿し始めたところ。ひとつ気持ちが落ちつきました。

また今朝は、やっと夏休みが終わってくれ、早くに朝の家事が片づくようになりやれやれです。小学生はとっくに始まっていますが、大学生ふたりが今日からです。息子は今日から幼稚園に実習へ。

日記を書いていない間にたくさん、たくさん取材していました。倉敷の日本初の院「外」助産院であるさくらんぼ助産院へ行き、関西で有数の分娩数を誇る病院2件のドクターにお会いして最近の状況などお聞きし、横浜せりえ鍼灸室のご夫婦に取材して癒され、高齢出産のコメントを多様な方々にお聞きし、そして産科閉鎖をした病棟の助産師さんの集まりに参加させて頂き現場の声をたくさんいただきました。

またこの間に奈良で未受診の妊婦さんが搬送を断られ続けたという報道があり、各紙の新聞記者の方々といろいろお話ししました。昨年は、たくさん産科危機の報道がありましたが、今はそのキャンペーンがひととおり終わったかのような状況。

しかしキャンペーンの結果、産科医の大変な状況への理解は形成されたものの、若い医学生には産科への警戒心が強まったのか医局入局者はさらに減り、産科医が大変な状況を変えるための目玉政策であった集約化には「集約化してきたがもう限界だ」という声が出始めています。そして、あいかわらず、助産師に正常出産を担ってもらい医師がハイリスク出産を担う力を取り戻そうと考える産科医は少数派です。

つまり今後、産科医は減り続け、集約化による産科閉鎖は続き(産科閉鎖が盛んに報道された頃より今の方がずっと減っているでしょう)、閉鎖された産科病棟ではますますたくさんの助産師が内科や外科や小児科の看護師さんになり続け、そして生き残ってしまい分娩が一気に押し寄せている病院では大変な状況が続きます。<>2007/09/10

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