2009年1月の日記

 

お月様入りの日記帳

 
今年は、昨年末に横浜市・みやした助産院でふと購入した「旧暦美人DIARY」が気に入って(綴じや紙質がとてもしなやかなのです)毎日日記を書いています。ので、自然体日記もこうして、もしかしたら今年はたくさん書けるかもしれない!?

月の満ち欠けがはっきりわかっていると、現在時刻を知るに似た安心感が確かにありますね。また日記を書くたるに1日やったことを思い出すと、午前のことなどけっこう昔のような気もして、1日というものは自分が思った以上に何かしたり考えたり感じたりしているものだとわかります。

そんなことを万年筆で書いています。最近は高機能なよく滑るボールペンがブームのようですが、あまのじゃくの私は、最近、ちょっと余裕があればほとんど万年筆になってしまいました。これも、ふとペリカンの子供用万年筆を買ってしまったのがきっかけです。字を書くときに少し力が要るのが不思議と気持ちよく、ボールペンに手が伸びなくなりました。

父が文具マニアだったので私は子ども時代には何かと万年筆をプレゼントにもらいました。でも、ほとんどの万年筆がインクを交換したこともなく何処かへ消えてしまい、親が子どもにいいものを買い与えるなんて無駄なことだからやめましょう、という見本でした。

今週は、またみやした助産院に行ったり、神奈川県立こども医療センターで「AERA with Baby」の取材をしたり、産科医療補償制度の取材で昭和大の岡井崇先生の所にうかがったり、テレビや新聞の取材のご協力をしたりしています。

先日、ある新聞の取材を受けたときは、ちょっとうれしいことがありました。育児休暇中の記者さんが同席してくれたのです。赤ちゃんと、赤ちゃんをみるパパ連れで。私もこんなことをしていたなあと懐かしかったですし「私と仕事する人は、大歓迎だからどんどん赤ちゃん連れて来て!」と思いました。

そして周産期医療の再建について単行本を企画したいと思って目次作りに格闘中です・・・今年ぜひやりたいことなので粘ります。<>2009/01/21


 

2番目の子が成人式

 
わが家では2番目の子が昨日は成人式でした。子どもが成人を迎えるということは、やっぱりうれしいものです。スーツ着てバイクで走っていくのを見送りましたが、本人もうれしそうでした。

崩れ消えていくバブル経済を背景に「ゆとり教育」で育ち、就職活動寸前に大不況を迎えるという年回りの今年の二十歳です。親としてはこれからいいことがたくさんあってほしいと思います。ま・・・人生長いのでこれからでしょう。

一人目の方はお正月に誕生日で23歳になり、まもなく大学卒業でちょっと寂しそうです。就職するデザイン事務所でもうバイトを始めていて、その事務所が年末にTシャツを作ったので家族みんなでいただきました。社長さんがソファで居眠りしているところを娘がスケッチしたかなり面白いTシャツなのでした。

私は、年末に仕事部屋に念願の作りつけ本棚をしつらえました。まだベニヤ板の香りがし過ぎですが、本や書類が片づけやすくなりました。大変な出版不況になるということですが、こればっかりは思い悩んでもしかたがありません。もし本当に仕事がなくなったら、あわただしい生活の中で増える一方の「積ん読」本たちと仲良くして暮らそうと思います。

この連休にはうちの唯一の「子ども」となった小6と空手の初稽古に行って山を裸足で走りました。今年も足の裏に赤や紫の模様(あざです)をいっぱい作って、かつ筋肉痛で泣きそうな松の内の終わりです。

寒中見舞いをそろそろお出しします。喪中のお正月でしたが、喪中の人用の挨拶はがきを印刷されて元旦に届くように投函されている先生がいたり、「クリスマスカードにしますね」と他の手段のものを下さる方がいたり、なじみの方のいつものお正月には気づかないマナーに出会ったあたたかい新年でした。<>2009/01/13

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