2010年8月の日記

 

蜂に刺される

 
夏も駆け足で過ぎ去っていく気配。

夏の終わりを、野田聖子さんの妊娠で急にあわただしくなりながら過ごしています。「日経ウーマン」の記事、週刊誌や新聞へのコメントなど。私はスタンスとしては、『私は、産みたい』の一読者として野田さんのエネルギーなら大丈夫では、と思うので今回のことは応援したい気持ちでいます。

卵子提供は、年齢に左右されない体外受精ができるという、高齢妊娠の方には夢のような方法です。しかし、他人の卵子をもらうということはやはり最後の手段となるため、産後は精根尽き果てる方がいるということは数年前からよく耳にすることです。たとえ経済事情が許しても、誰にでもできることではありません。

不妊治療は、どこまでやるかはご夫婦の自由。排卵日を特定してもらうこと以上はしないという方もいて、それもひとつの勇気ですし、沢山の答が許容される社会であってほしいです。

さて写真なのですが、今年二つ目の蜂の巣です。蜂の当たり年でした。実はセミも蝶も何もかもという感じなのですが、ともかく虫が多い。

ひとつ目は、5月ごろ見つけたアシナガバチの巣。落としたいと思いながら、女王蜂が一生懸命守っているのを見ると職業柄ついつい仏心が起き、放置していました。ホントにはじめのころは何も悪さをしない雰囲気で共存していたのです。

それが8月なかごろ、にわかに集団が大きくなり、5月からずっと見ていた私には何か胸騒ぎがするようになり、「こわい」という3文字が頭に浮かんだその朝、予感は的中して二箇所刺されてしまいました。あっという間のできごと・・・

もうこわいので、業者さんをお願いし、家族一同居間からガラス越しに見守る中、蜂退治ショーが繰り広げられました。虫取り網を巣全体に慎重にかぶせた上で、スプレーを一吹き。あとは巣をはずし、帰巣してくる蜂を虫取り網で次々に捕獲。お値段は二万円也。再び巣ができた時の再出動保障として14日のアフターサービス付。

約100匹の集団と言われました。秋口、集団が大きくなる頃、蜂は気が立ってくるのだそうです。次の女王蜂が生まれる時期だとも言われています。

ほっとしたのもつかの間、その後、子どものお友達が遊びに来て第2の巣を発見してくれました。また蜂退治マンに出動を要請。

そしてまた、今日、第3の巣が発見されました・・・いつまで続くのでしょう?<>2010/08/29


 

イベント終わって、お盆休み

 
周囲にお休みの方が多くて静かな今週。そろそろお盆休み体制ですね。

そして、きょうはすばらしい青空です。皆さん仕事がお休みで、きのうは西日本に台風も来たのでこんなにきれいな空なんでしょうね。元ちとせさんのCDタイトルで知った「はなだ色」とはこの色ですね。まさに。

わが家は夫はお休みをもう終わってしまったので普通に出社し、社会人2年生の長女はお休みを満喫しています。今朝は長女と末娘と私の3人で、15分くらいでしたが朝ヨガしました。

8月8日にアジアやアフリカで母子保健プロジェクトに携わっている永井周子さんをお迎えしてREBORN講演会「これからのカンガルーケア」をいたしました。私にとって久しぶりに自分が企画したイベント。ありがたいことに予備席を出してぎりぎり、ひやひやするくらい沢山の方のご来場を全国からいただき、熱い半日となりました。

『安全なお産、安心なお産−「つながり」で築く、壊れない医療』で新生児の先生たちとのつながりが広がり、安全性それも赤ちゃんの命のはかなさというところに気持ちが行ってこのイベントを企画しました。

お産を終えるとお母さんは巨大な開放感に満たされますけれど、そこからしばらくは赤ちゃんには肺呼吸への大転換に慣れていく時間です。米国ではこの時期に特に手厚いアセスメント体制を敷くガイドラインを産婦人科と小児科医の学会が合同で作っていて、transition care(移行期ケア)と呼ばれています。この時に人がいないことのリスクが、すなわちカンガルーケア事故報道の根っこであることはほぼ明らかと思われます。

ずっと以前に聞いた話ですが。ある女性が自宅出産をして、そのあとひとりになってしまう時間があって、その時間がとても怖かったんだそうです。それは「誰かが赤ちゃんを取りに来る」という恐怖だったのだそうです。彼女は本能的にリスクをとらえていたんですね。それで、大事に大事に赤ちゃんをかかえていたのだそうです。

いつから女性は赤ちゃんの命を人にゆだねるようになったのでしょうか。今は助産院で産んでも、やっばりどこか専門家に頼って自分1人で守ろうとする人なんかほとんどいないですよね。

私は医療システムとか科学的根拠などについて書くことも多いですが、原点を思い出すというか、そこも大切だとよく思います。親も、何かあったら何よりもつらく感じるのは、自分が守れなかったという痛みではないでしょうか。<>2010/08/11

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