2011年6月の日記

 

うさぎさんのこと

 
わが家にはハッピーとという名のうさぎがいました。一番下の子と一緒に欲しくなってネットで探し、それはそれはうさぎのことがよくわかっているブリーダーさん(うさぎ屋さん)に会えたのでいただいてきた子でした。そのハッピーが、6月4日に息を引き取りました。

胸腺が大きくなってしまう胸腺腫という病気が昨年わかって療養中で、最近はもう一緒にいられる時間はそんなに長くないのかと思ってはいましたが、いざその身体が消えてしまうと本当にさびしいです。

この子を飼うまで、うさぎを飼うなんて、思ってもみませんでした。実は私は子どもの頃の夢は「獣医さん」でした。しかし10歳の頃に突然激しい犬猫アレルギーが出て、その夢は断念。以後ほ乳類はハムスターくらいしか飼っていなかったのですが、ふとうさぎを抱いてみたら、何ともなかったのです。

子うさぎが生まれたと聞いて見に行ったら、カゴの中にはおはぎみたいなのがいっぱいいましたが、ハッピーは7匹きょうだいの中で一匹だけ圧倒的に大きい巨大おはぎで、違う種類のようでした。他の子はみんな死んでしまいました。お母さんが育児放棄だったのです。

それでもブリーダーさんに人工乳でかわいがられて、生まれながらの体力もあったハッピーは、うちに来て昨年秋までは病気は何一つせず、元気に過ごしてくれました。

珍しいことらしいのですが、ハッピーは人に撫でられると撫でてくれた人をなめるという「なめうさぎ」でした。うさぎが人になつくことはほとんど知られていませんが、うさぎは犬や猫とはまったく違う形で人によくなつきます。ハッピーは身体の触れあいが好きなうさぎで、ふと寂しくなって走り寄ってくることがよくありました。

私が毎日ヨガをするようになると、ヨガマットを敷いた途端にピョーンとマットに飛び込み、ずっとじゃまをしてくれました。シャバアーサナ中にぴったりくっついているのが好きでした。

体調を崩してからは、特に撫でてあげることでなぐさめられているようでした。忙しくバタバタしている暮らしの中では、うさぎ時間を十分にとることができないことがつも心に引っかかっていました。それでも最後の夜にゆっくりと撫でてあげるとこができて、もう力がなくなった舌で何回もなめてくれたのが私には慰めです。

身体は何のためにあるのでしょう。意識が魂の本体ならば、身体は何のために。ハッピーの身体が消えて今ふと思うのは、身体は苦しみ痛むためにあるのではないかと思いました。それをいたわった私たちの苦しみは、今ハッピーとのより深い絆となっています。

苦しかった本人が楽になったことに安堵する気持ちと共に、身体があったから関われたことに気づき、ありがとう、という言葉になります。

また、お産に助産師さんが必要なように、このうさぎさんを飼った日々にはずっとおつきあいの続いたブリーダーさんの存在がありました。それがまた感謝です。

そのショップに挨拶に行きました。偶然なことに、そのお店の看板犬のわんちゃんも亡くなっていたので花かごを持って。12歳だったそうです。その小さなうさぎ屋さんは、その犬の写真と、お客さんからのたくさんのお花でいっぱいでした。「写真はいいんですよ。写真をいると、まだいるような気がして、心の痛みがやわらぐから」といいことを教えてもらいました。

一緒に行けなかったのですが、ハッピーが来たときに小学2年生で、今は中3になった娘の手紙を渡すととても喜んでくださいました。

娘と一緒に大きくなり、うちで生涯を過ごしてくれた一匹のうさぎさん。息をひきとったのも、娘が中学で一番がんばった陸上競技の最後のレースを走り終えた、まさにその時刻でした。一緒に育って、とても仲良しでした。

今までも、そして心の中ではいつまでも、うちの大事な家族です。<>2011/06/12


 

NHKラジオ「ラジオビタミン」

 
缶詰が終わり(まだ書き終わっていないんですが中休み)、自宅に帰って日常が戻ってきました。

4月から、毎月月はじめにNHKラジオセンターに行って「ラジオビタミン」という番組に毎月第1金曜日の9時30分頃(原則)から生出演をしています。「みんなで子育て」の一部を成す15分ほどの小さなコーナーですか、毎回お産のさまざまなトピックについてお話します。明日はその3回目で内容メモを見ています。

リードをしてくださるのはこの道の大ベテラン、テレビでも「おはよう日本」のキャスターとして活躍されていた村上信夫アナウンサーと、私が第一子を産んだ頃に毎朝「おかあさんといっしょ」の歌のお姉さんとしてブラウン管でお会いしていた神崎ゆう子さん。

スタジオにいる方も、ゲストに来て控えておいでになる方々も本当に洗練された方々なので、整然とした空気がとてもすがすがしいスタジオです。そして、はじめびっくりしたのですが、この13階のスタジオには大きな窓があります。そこから、代々木公園の緑が一望の下!これは、ちょっと贅沢な空間です。

初回は震災の直後に出産された方のお話をして、2回目と明日の3回目は「出産施設のいろいろ」について。前回は病院と個人の先生の診療所、そして今回は助産院と自宅出産について話します。

村上さんは取材の中で出会ってきた方々(日本の文化をリードしてきたそうそうたる方々)との心の触れあいをとても大切にされていて、何冊も本を書いていらっしゃいます。私にも、お会いしてすぐに「高齢出産のことを書いているなら」と49歳で出産された白樺八駙さんという声のパフォーマーをしている方をご紹介くださいました。頭、下がります・・・。

私も、村上さんには足下にも及ばないですが、取材で出会った方との絆をもっともっと大切に慈しめる者になりたいです。

今では現役ママである神崎さん、お孫さんがもう何人もおいでになるという村上さん、両方のフォローをいただけるグッド・バランスですので、老若男女を問わない幅広い方たちに今のお産のことがわかっていただけたらいいな。

お産は、お母さんだけ物知りになっても、ひとりでは産めないですものね。

<>2011/06/02

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