東京の雪を見ながら遠いオホーツクを思う

(オホーツクから帰った直後に書いた文章です)
僕の名前は救ちゃんっていうんだ。病院へ行く途中の救急車で生まれたから、救ちゃん。僕は覚えていないけれどさ、そうらしいよ。
お母さんのすぐ近くの病院は「ハイリスク妊娠」を受けないんだ。お産のお医者さんがひとりしかいないから。それでお母さんは1時間くらいかかる隣町の病院に行ったんたけれど間に合わなかったんだ。僕、三人目だからさ。
それで、そのお話を聞きたいって、東京からおばさんがやってきて、他にもいろいろな人が来て話をしていった。救急車に一緒に乗っていたおばあちゃんが呼んだんだ。ハイリスク妊娠って危ない妊娠のことらしいけれど、そういう人って結構たくさんいるんだね。もう一人欲しいんだけれど、ここに住んでいる限り産まないっていう人もいたよ。
その人が帰る時、おばあちゃんと送った。僕がこの元気なおばあちゃんに持ちあげられていたら、ふわっと風が吹いてきて、雪がキラキラになって僕たちを光が包んだ。おばさんを空港に送っていく助産師さんが言った。
「すごーい。きっといいことあるわよ!」
本当にあるといいね。
今朝は東京でも少し雪が積もりました。
私は、流れてくるニュースに大きな違和感を感じました。
東京中心に回る世界。
地方の悩みは多勢に無勢。
それは東京の人だって雪で転んで打ち所が悪かったら大変なことになるかもしれないし、電車が止まったら大変だけれど。
でも、私がついこの間までいた町では、心拍数の下がったお腹の赤ちゃんが、もう生まれそうな産婦さんが、真っ暗な雪道を延々と走っている。
それを守る人たちは医師だけではない。救急隊や、同乗の助産師さんたちの心労にも、限界というものがある。
病院で待っている人も、人数が少ないから休むひまがない。
だからどうしろうというのだと言われたら、私にも一挙解決の名案があるわけではない。
でも、知るべきことは、いつも、見えないところにたくさんある。
知ることが、すべてのはじまりだ。
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今朝「東洋経済オンライン」に記事がアップされました。
救急車の中で出産せざるを得なかった母の声
「北の町に住む母たちを覆う厳しい現実」前編
何とかビジネスマンたちに、本当にそこに行かなければ、聞こうとしなければ聞かれることはない、国でも自治体でも学会でもないお母さんたちの切なる声を届けれられますように・・・!!
お母さんたちとの出会いをくださった白幡さんと川崎さん(私の本の読者だった白幡さんがつないでくださいました)、ご協力いただいたお母さんたちと紋別地区紋別消防署の皆さま、そしてここにお名前を挙げきれないオホーツク地域のみなさんに心から感謝申し上げます。そしてお話は、遠軽編の後編に続く。

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