育休中の助産師さんを真ん中に

 

『助産雑誌』(医学書院)9月号巻頭グラビアで京都・足立病院の助産師さんたちを撮っています。集合写真、真ん中が育休中の方でこの方の赤ちゃんを師長さんが隣で抱いています。

演出なんかしていないですよ。自然にこうなる職場っていいなあ、と思いながら撮ったんです。

実は産科医療の現場というところはとてもハードで人員に余裕があるところも少なく、全国的に見ると必ずしも産む人に優しい職場ではありません。

だから、まずは、ここから確実に変わっていけたらいいのにと、いつも思っています。

 

ノエル・ヌエットさんの絵

箱根のクラシック・ホテル「富士屋ホテル」を久しぶりに訪ねたところ、ノエル・ヌエットさんの絵が今も飾られていました。日付によると、ちょうど81年前の今日、描き終えたもののようです。

戦前の東京外語(現在の東京外国語大学)でフランス語を教えながら随筆や詩も書いていたヌエットさんは、私が二十歳で死別した父の恩師です。江戸の面影を残す東京の絵も多数残していて、都内で展覧会が開かれたこともありました。わが家にも、ふんわりと雪が積もってしいんと静まり返ったお濠を描いた絵が一枚あります。

この絵に描かれたホテルの建物と山並みは、今なお時が止まったように当時のまんまです。けだるい8月の終わりの空気も、きっと同じようだったことでしょう。

ただ絵の細部を見るとホテルの前の国道一号線は人が道の真ん中をのんびり歩いていて、一台だけ描かれた車はとてもクラシック。服装もまさに30年代です。



やはり、ここにとどめられている時間は遠い遠い昔のことなのでした。当時の父の年齢を計算してみると21歳でした。まさにこの絵が描かれた頃、忍び寄る戦争の影を感じながらも大学があった神保町で夢の最後を楽しんでいたと思われます。

山は変わらないけれど、ひとはうつろうもの。戦争があって、ヌエットさんは帰国し故郷で眠っています。父も三十年以上前に他界し、ホテルも経営者が何度も変わっています。それなのに、絵が引き継がれているのはとてもありがたいこと。

またいつか、この絵に、ここで会えますように。

フランスの子育てのヒントを日本に生かすには

高崎順子さん講演「フランスの子育てのヒントを日本に生かすには」(育児情報誌miku主催 @筑波大学 東京キャンパス)は、あっというまに満席となったことが残念でしたが、来ていただいた方は懇親会まであって親密な雰囲気のうちに終了。

フランスの家庭政策が豊かな財源とシャープな政策ですばらしいらしいことは誰もが知るところですが、その具体的なところはなかなか知る機会がありませんでした。高崎さんという取材して書ける方がパリで子育てをされていて、かつ新潮新書『フランスはどう少子化を克服したか』の上梓などで日本への情報発信に燃えておられることは、しみじみすごい幸運だと思われるのです。

しかし、お話を聞けば聞くほど、何かが根底から違うという感覚がつのったりもしました。
高崎さんのまとめるところによると、それはふたつ。

ひとつは、フランスは子育てを大変なことと考えていて、親だからできて当たり前と考えていないということ。

産んだから子育てができて当たり前ではなく、産んだ人が親になることを教育・準備の機会を提供することで応援し、その後も親であり続けられるように図っていく必要があると考えられていること。

親を過信ししていないということでしょう。現実的です。

親への経済的支援や無償教育については、あまり時間がとれなかったので、それはまたの機会にもっとご紹介いただければと期待します。財源は国の税金だけではなく企業の出資によるファンドのようなものがあるようで、これをいかに維持できるかはマクロン首相の課題のようです。

しかし、もちろん国家予算の使い方はすさまじく、医療費を除いた6歳以下の子どもへの公的支出は4兆176億円と日本の0.7兆円の約6倍。会場から、そんなに子供にお金を使って老人は怒らないのかという質問が出て興味深かったのですが、フランスではそれは比較の対象になっていないとのこと。子育ての費用は聖域化しているようでその二者の「取り合い」という構図はないというのが高崎さんの回答でした。

では日本ではなぜ子ども対老人の対立論となりがちなのか。

高崎さんからは、日本では子どもと老人が生産年齢人口からはっきり区別されているので(二大お荷物という感じ?)、比較されやすいのではないかという指摘がありました。

私は、日本ではたまたま少子化、高齢化の急激な進行が同時期に開始したこと、それから、フランスは、子育て支援は福祉とは区別されており、お金をかければその分、国の利益となって国に帰ってくるもの=確実にペイするもの、という理解ができていることがその違いを生んでいるのではないかと考えます。

少子化問題については、日本の育児の大変さを身に染みて知る者として、出産ジャーナリストと名乗っている者として黙ってはおれず、私も助産師さん向けの雑誌に一年ばかり記事を連載したことがあります。

しかし取材してみて、そのあまりに情けなく悲しい歩みに私は呆然とし、思わずこの問題に継続的に取り組むエネルギーを失ってしまっておりました。なぜ、日本の政策はフツウの親たちの切実な声が反映されないのだろうと・・・夫婦にできることと言えば産まないことだけではないかと。

でも高崎さんの登場で、新しいエネルギーが湧いて来た気がします。