「3人で行こう! 仕事も子どももあきらめない!」

ワーキングマザースタイル

働く母のためのサイト「ワーキングマザースタイル」の「3人で行こう! 仕事も子どももあきらめない!」に私のインタビューを掲載していただきました。子育てと仕事についての私のスタイルを、つまり自分のことを話しています。

今、出産と「キャリアリセット」を組み合わせで考える人が増えていますが、私は母親がフルタイム勤務で大変そうだったため小学生の時からずっと将来の働き方を考えていました。これから考えていきたい人の参考になればうれしいです。こちらから

 

どうする?兄弟姉妹 あなたはまた産みたいですか

「Milk」2007年春号

子どもファッションの雑誌「Milk」(エクスナレッジ)に、次の子どもを迷う人のためのエッセイを書きました。半分はお産ライターとして、半分は三児の母として。今、ふたりめ未妊の方が大変多いです。

 

私と母乳の20年−原点はエンパワーメント
本郷寛子さん(国際認定ラクテーションコンサルタント)インタビュー

「紙REBORN」2005年夏号 13号

母乳育児支援の専門家であるという国際的な認定資格「ラクテーションコンサルタント」の日本人第1号・本郷寛子さんのインタビュー。彼女は資格を取られて帰国して以来のおつきあいで、私が最もお頼りしている母乳のエキスパートのひとり。彼女の日米における母乳人生20年分のお話を、全部お聞きしてきました。

 

親が楽! らくらく授乳のきほん

REBORN

 北野寿美代さん(助産院 北野ミッドワイフリー院長)にともかく楽な授乳スタイルを教わろうというコンテンツ。母乳育児は大変だと考えられていますが、実はかなりの部分がコツの問題です。楽な母乳育児の条件である「1.疲れない/2.痛くない/3.眠くない」を実現するには?
 基本は添い寝ですが、バリエーションもご紹介。ハウツウ記事の中に、私がこれまで母乳について感じてきたことをぎっしり詰め込んでいますので、現役妊婦の方には強くおすすめする記事です。

<イラスト>竹中恭子
こちらから

 

ボディーサイエンスとしての性教育
メグ・ヒックリングさん(性教育者/カナダ)に聞く

「紙REBORN」2004年9-10月号 9号

 カナダと米国で大活躍してきた性教育者の草分けであるメグさんのインタビュー。看護師だったメグさんは、性が話しにくいものであるためにたくさんの人が性器の病気で手遅れになっているのを見て、まず自分の子供に教え始めたそうです。それが地域で評判になって広がりました。
 子供の年齢別アドバイスや、アメリカの性教育バッシングについて話して頂きました。バッシングは数々経験し来たメグさんですが、彼女の重要な理解者にまず、性犯罪防止効果を期待する警察があったということは印象的でした。性教育は決して性モラルを乱さないしむしろ逆だという国際的な調査もご紹介しています。
 
こちらから
 

 

ストレスフリーな子連れカンパニー Mo-house(モーハウス)

「紙REBORN」2004年9-10月号 9号

 母親の起業の中でも注目されている授乳服メーカー「モーハウス」を作った光畑由佳さんとは長いおつきあいさせて頂いています。
 ここは、ほとんどのスタッフが子連れで出勤してきます。そんなことでは仕事にならないだろうって?それが、子供というものはたくさん集まると子供たちで遊ぶんですね。お母さんが見えていれば、時々触りに行ければそれでいいんです。
 「子供が小さい間、仕事がゼロはいや。でも保育園に入れるほどではなく小さく働きたい」モーハウスはそんな気持ちをかなえていました。 スーパーウーマンにならなければ働けない、ということではない「ワークシェアリング」ですね。

 こちらから

 

クリスマスのない世界

REBORN 2004年1月 お産・医療・ごはん

現在の私のネット日記「自然体日記」システムができる前、ときどき育児エッセイを書いていました。これは、ある年のクリスマス、仕事で子供といられなかった時のことを書いたもの。 

こちらから

 

私の初めてのお産

REBORN お産・医療・ごはん

今のような仕事をしていなかった、ごくふつうの26歳として産んだ時のことを書いています。誰にも一番大切な思い出になる初めてのお産ですが、母乳は足りませんでした。読んだ方には「河合さんにもこんな時があったなんて‥‥」とホッとしていただいています。

こちらから

 

粉ミルクの販売戦略とWHOコード
日本が知ろうとしないもうひとつの母乳育児支援

「紙REBORN」2003年5-6月創刊号

日本のほとんどの産院で「おみやげ」として手渡される粉ミルク、マタニティ誌に大きく載っている粉ミルクやキュートなほ乳瓶の広告―これらはすべてWHO(世界保健機構)の定める規準に反しているということをご存じですか。国によっては取り締まりの対象になっています。医療の世界ではメーカーとの癒着が起きやすいのですが、粉ミルクも同じことが起きています。
元・WHOの弁護士で規準の草稿を書き、今もその監視に携わる女性アネリス・クラインさんに取材しました。

こちらから

 

産院で広がる育児支援 
出産前から親しく家族ごとサポート

日本経済新聞 2002年11月16日 夕刊

退院後にも赤ちゃんと産院へ遊びに来られるベビーマッサージ教室をはじめ、産院が育児支援の場になりつつあるというレポート。母親にとって、子供を産んだ場所で世話になった助産師さんなどに会うのはとても安心でき、明日からの育児力を充電できることなのです。

 

一度は考えておきたい、大切なこと 
「生まれつきの異常があります」と言われたら

「マタニティ」2002年11月(婦人生活社)

先天異常の赤ちゃんをどう受けとめるかと言う問題について、多指症のお母さん、医師、助産師への取材でまとめた記事。現実を受けとめる力について教えられました

 

添い寝の安全性

REBORN25号 1999年10月号

 「危ない」という理由で添い寝を禁止する病院は多いのですが、添い寝をしないと育児はあまりにも大変。母乳なんかやってられないし、育児ノイローゼへまっしぐら!という気がします。私は、添い寝をするということは育児行動の中でも非常に重要だと直感的に確信しています。
 危険性の真偽は?フランスで親子の睡眠を研究しているマッケナ博士の研究、アメリカでの調査などを紹介しました。

<イラスト>宮下真沙美
こちらから

 

突然!電話&インタビュー これでいいの?おかしな母子同室

REBORN25号 1999年10月

REBORNスタッフとまとめました。母子同室は多くなってきたのですが、「添い寝(同床)は禁止」「授乳は授乳室へ移動のこと」「移動時は抱かないでベビーコットに入れて」など、規則だらけの同室もあります。こんな不自然な同室は疲れるだけ。奇妙な母子同室の話が一杯出てきました。

こちらから

 

出産の条件は遺伝子に沈着している 中川志郎氏インタビュー(下)

REBORN25号 1997年7月

子供の成長で肝心要のこと−それは「子供集団の中で育つこと」です。同年代集団の自由な遊びの中でもまれてこそ可能な「子供の社会化」について。こういうことは動物学では基本なのに、どうして人間の育児では生かされないのでしょうか。本当に不思議です。

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突然!電話&インタビュー ダイオキシン報道をめぐって

REBORN17号 1997年10月

ダイオキシンが入っているから、母乳はあげない方がいいのか?という議論が巻き起こった頃の記事。では、粉ミルクなら安全なのか?などダイオキシンをめぐつては議論が白熱しましたが、結局、母乳のメリットはリスクを上回るという見解に落ち着きました。

 

ただいま育児中第3回「みかん畑の巻」

REBORN15号 1997年4月

「仕事と育児をぷっつり切ったのは、一体誰なのか?」育児と仕事の両立について書いています。3人目の産後は1年近く取材に子供を連れて行きました。3人目にしてやっと自分型の子育てを見つけた思いでした。

こちらから

 

REBORN育児日記 ただいま育児中 第2回「お猿の巻」

REBORN13号 1996年10月

「私の”流儀”はといえば、できるだけお猿の親子にちかづくことをよしとしている」が、私の3人育てたあげくの結論。
 マザーウェアの授乳服の話も出てきます。今は日本にもモーハウスのような授乳服メーカーができましたが、この頃は、みんな米国からマザーウェアというやはり母親が起業した会社のものを個人輸入していました。これには当時本当にハマリまして、何枚買ったかわかりません。
「授乳していることがほとんどわからずどこでも授乳OK、というもの。限りなくお猿さんの胸にちかづくのである」
 

 こちらから

 

ただいま育児中 第1回「お産選びの巻」

REBORN13号 1996年10月 REBORN育児日記 

私が3人目を出産したとき、出産場所選びをどうしたかという話。引っ越しをしたために、2人目を出産した助産院が遠かったのです。が‥‥

こちらから

 

突然!電話&インタビュー 母子同室

REBORN12号 1996年7月

REBORNスタッフでまとめました。母子同室と一口に言っても形はさまざまだと見えてきました。出産体験者10名、医療者10名に聞きました。

こちらから

 

母乳育児の国際資格「ラクテーション・コンサルタント」とアメリカ母乳事情

「助産婦雑誌」1996年6月号 (医学書院)

 アメリカは小児科学会の先導もあり、高学歴層を中心に母乳への熱意があります。「アメリカには母乳の専門家の資格ができたらしい」と聞いていて、アメリカにいった機会にオフィスを訪ねました。
 取材にこたえてくれたコーディネーターは母親で、子どもの絵や工作が一杯のデスクでバリバリ働くさまはとてもアメリカ的な気がしました。アメリカにはラ・レーチェ・リーグという母乳の大変なボランティアグループがあり、ラクテーションコンサルタントはそのリーダーたちがよりプロフェッショナルな形を求めて成立しました。試験は狭き門ですが数がどんどん増えていました。
 帰り際に「日本人合格者は出ていますか」と聞いたところ、つい先日1人出て帰国したと言われ、それがのちに日本ラクテーションコンサルタント協会を作る本郷寛子さんでした。
 今アメリカの産科のサイトなどを見ると「当院にはラクテーションコンサルタントがいます」などと書いてアピールしています。オーストラリアなどはほとんどの病院にいると聞いたこともあります。日本でも、と期待されます。
 
 

 

授乳のよくあるトラブル なんでもQ&A

「ピー・アンド」1989年 4月号(小学館)

監修者は、ラ・レーチェ・リーグという母乳グループの日本人リーダー第一号・山本澧子さんでした。