ごあいさつ
ようこそ当サイトにおいでくださいました。
都会で忙しく暮らしている人も、自分が身体という大自然を持っていたことに気づかされ、たくさんの発見をするのが妊娠、出産、そして子育ての時間です。私は自分自身の出産・育児体験を機にしてこの分野に関心を持ち、取材体験の中で「"産む"とは、"育てる"とは、どういうことなのだろう」とますますこのテーマに惹きつけられてきたフリーライターです。
このサイトでは、私が雑誌等に書いた記事を読んで頂いたり、近況をお伝えしたりしていきます。「自然体日記」はREBORNサイトでしているものです。小さなサイトですが、ゆっくりお過ごし下さい。
2006年4月1日
河合 蘭
プロフィール
河合 蘭 (かわい・らん)
| 1959年 | 東京都に生まれる。 |
| 1981年 | 日本大学芸術学部写真学科在学中より、『宝島』『ミュージックマガジン』『スィングジャーナル』などでカメラマンとして雑誌の仕事を始める。 |
| 1984年 | 川本三郎氏著『雑踏の社会学』(TBSブリタニカ・後にちくま文庫)で東京の町を撮影。 |
| 1985年 | ジャーナリズムに関心が芽生え、『栄養と料理』(女子栄養大学出版)で食べ物の生産現場を全国に訪ねるルポルタージュを約1年連載する(写真撮影)。 |
| 1986年 | 第1子出産。育児に専念するも、公園くらいしか行くところのない子育てに疑問が湧く。「お産も子育ても、私がしていることは何かおかしい」都会育児の閉塞感に窒息しそうになって、まったく違う出産・育児を見に行きたいと強く感じる。 |
| 1987年 | 当時、カリスマ的編集者の島本脩二氏が編集長をしていた『ピー・アンド』誌(小学館で発行していたマタニティ誌)。島本氏に育児の1年間に感じてきたことを聞いてもらい、青森県下北半島のベテラン産婆さんの仕事をルポする企画を持ち込んで行かせていただく。このとき伝統的な家庭出産に立ち会った衝撃が出産・育児を専門とするきっかけとなる。帰京後、出産を専門とする英国の社会人類学者シーラ・キッツィンガーの講演会で、米国人バースエデュケーター清水ルイーズ氏と偶然同じテーブルでコーヒーを飲む。 |
| 1988年 | 清水ルイーズ氏から「家族中心の出産 Family Centered Childbirth」という基本概念をじっくり学び、『ピー・アンド』にコラム「アメリカの知恵−清水ルイーズさんが読むアメリカの出産と育児の本」を連載。約半年間、日本の30年先を行っていた欧米の出産・育児支援について解説する。 |
| 1989年 | 第2子出産。「アメリカの知恵」で紹介し大反響があったイメジェリー(イメージトレーニング)の本『お産のイメジェリー−心の出産準備』(メディカ出版)を翻訳。東京・杉並区のファン助産院でイメジェリークラスをオープンする。 |
| 1993年 | 米国西海岸、カナダで出産施設や家族カウンセラーなどを訪ねる。きくちさかえ氏と、産む人と医療者をつなぐネットワーク紙「REBORN」を創刊。 |
| 1994年 | REBORNが創刊1周年を記念して第一回「いいお産の日」主催。 |
| 1995年 | 第二回「いいお産の日」主催。疑似分娩室を企画し、現役産科医、助産師による模擬分娩をおこなう。米国東海岸で出産施設、ドゥーラ(出産に終始つきそう専門家)などを訪ねる。 |
| 1996年 | 第3子出産。分娩台を使わない出産のアクティブバースを「フリースタイル出産」と呼び始め、日本での普及を願って全国初の「フリースタイル出産ワークショップ」を助産師ネットワークJIMONと共同で連続開催。初めて仕事としてビデオカメラを回し「もっと自由な出産を」(三輪書店)を構成する。 |
| 1997年 | 『出産革命のヒロインたち−アメリカのお産が変わったとき』(メディカ出版)翻訳。 |
| 1999年 | 全国の出産施設に実績の詳細な情報公開を呼びかけた『REBORN産院リスト1999−2000年版』を出版 。 |
| 2000年 | 『お産選びマニュアル−いま、赤ちゃんを産むなら』(農文協)出版。REBORNメーリングリストを「お産のお鍋」と名付け、開通(現在会員は医療者中心に約700名)。REBORNウェブサイトをオープンし、「REBORN産院リスト」をウェブ上に公開。 |
| 2002年 | 『WHO勧告に見る望ましい周産期ケアとその根拠』(メディカ出版)翻訳。テレビ朝日で日々の仕事が30分間のドキュメンタリー番組になる。 |
| 2003年 | 『アエラ』(朝日新聞社)不妊治療最前線シリーズで全国の体外受精施設300余りの調査に関わり、不妊、高齢出産に関心を持つ。REBORNの紙媒体「紙REBORN」を創刊する。「All About出産医療・産院選び」ガイドとなる。 |
| 2004年 | 毎日新聞連載「産院革命」を書く。 夏、北海道大雪山で開かれた文化としてのリプロダクション研究会国際シンポジウムで「帝王切開を好む女性たちー日本の状況」を発表。ここで出会ったドイツ人人類学者ガブリエル・ホルゾック・シュレイダーさんにアマゾンに住むヤノマミ族の出産についてにインタヴューし翌年「助産雑誌」に発表。人間の出産の原初的な姿に振れて大きな衝撃を受けた。。 |
| 2005年 | REBORNスタッフ日記「自然体日記」を始める。『妊婦の「ぷ」』(小学館)でコラム担当。 REBORNで生物学者の本川達夫氏に「少子化を生物学の目で斬る」というテーマでインタヴュー。 |
| 2006年 |
『未妊−「産む」と決められない』(NHK出版)出版。出産開始年齢が自然の状態から10〜20年もずれつつ「産みたい、でも今ではない」と思い続けてしまう状態を「未妊」と名づけた。『クレア』(文藝春秋社)、『インレッド』(宝島社)、『グラマラス』(講談社)、『日経ウーマン』(日経ホームズ)、『クロワッサン』(マガジンハウス)、『ダイム』(小学館)、『スタイル』(講談社)、『noi』(ベネッセコーポレーション)などの女性誌、毎日新聞などで特集記事、インタビューが掲載された。 |
| 2007年 |
『AERA with baby』(朝日新聞社)が創刊され、出産ルポや医学知識の記事を書き始める。 |